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今日も一日きみを見てた

JUGEMテーマ:

 

猫が好きです。

 

犬だと、日本犬か大きいのか不細工かチョビ、

みたいに選り好みをしてしまって、あんまり

好きじゃない犬種とかもいたりするんですが、

猫はどんな種類だろうと不細工だろうと美猫

だろうと痩せていようとデブだろうと何でも

どんな猫でもかわいいと思います。

 

そんな猫好きな方にオススメの角田光代さん

のエッセイ。

 

最初読んだ時もう子猫のトトを連れ帰ってきて

初めて家にあげるくだりからして泣けてきて、

最後の方なんかゴーゴー号泣してしまった。

あ、お別れの話とか可哀相なエピソードとかは

一切ないですが。角田さんのツイッター見ると

トトちゃん今もとても元気そうだし。

 

なんだけど、初めての飼猫であるトトへの

まなざしの、愛情にあふれながら時に不安定

に揺れるさまが切なくて、著者の目線の先に

描き出される「トト」という存在があまりに

も可愛らしく優しく愛おしくて、胸が苦しく

なるほどなのです。

 

「あとがき」に『このふわふわの生きものは、

いったい何ものなんだろう?』という問いが

あり『猫のかたちをした、何かもっとべつの

ものなのではないか。』ということについて

の思いをはせる文章がつづられます。

 

『ともに暮らすいきものは、べつに私たちを

救おうとなんて思っていない。ただそこにい

るだけ。』『彼らが私たちを救うのではなく、

でも、私たちは救われている。』

 

猫のかたちをした、何か。

猫のかたちをした、命。

猫のかたちをして、ただそこにいる。

猫のかたちをしたものに救われている。

 

これはきっと「猫のかたちをした」ものに

限らないと思います。

それは犬のかたちをしているかもしれないし、

うさぎのかたちをしているかもしれないし、

テレビやネットの画面を通じて見る人のかたち

をしているかもしれないし。

ひょっとしたら、かたちがあっても命の気配が

ないものかもしれないし、逆に本の中に存在す

る命の気配だけが感じられてかたちがないもの

であるかもしれない。

 

何か。何かに。

一心に愛情を注ぐことのできる何かに私たちの

命は心は、いつも救われているのだと思います。

夏生(なつを) * * 17:02 * comments(0) * trackbacks(0)

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