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ひそやかな花園
JUGEMテーマ:本の紹介 

 なんかいきなり、秋ですなあ。
 涼しい、つか寒い…
 
 来週は月初で少々バタバタしそうですが、今週中はゆったり
 なスケジュールなので、積み上げてたまってる本をガツガツ
 読破していこうかな、…と思うと、幸福感でホワホワします。
 「ワクワク☆」みたいなときめきとは別のしみじみとした喜び。
 本を読む時間がある、読む本がある、とはなんたる幸せか。
 
 読書感想文も気が向いた時に書いて上げていこうと思います。
 で、少し前に読んだこの本。
 
 著者について。 
 まず、こういう小説も書くのか、ということに驚いた。
 「なくしたものたちの国」を読んだ時も思ったし「森に眠る魚」を
 読んだ時もそう思った。
 こういう題材、こういう雰囲気のものも書く人なのか、と。

 毎年夏に、キャンプに集まる複数の家族。
 この家族たちがいったい何の目的で、何繋がりで、キャンプを
 してしているのかが途中まで全くわからなかったので、これは
 推理物なのかな?と思ったりもしました。
 中盤までは、この「謎」に引っ張られてグイグイ読まされる。

 以下、いわゆるネタバレはしていないつもりだけど、内容には
 触れています。
 
 
 http://mainichi.jp/enta/book/hanazono/

 「きみが触るもの、味わうもの、ぜんぶ人と違う。」
 「きみがいなければ、きみの見る世界はなかった。」
 
 帯に書かれたこの言葉に魅かれた。
 「ひそやかな花園」というタイトルがなんとなく淫靡に感じられ
 たので、そういう話なのかなと。
 「エコール」とか「1999年の夏休み」みたいな雰囲気の閉鎖的
 な空間での秘め事、みたいなお話かしらと勝手に想像して読み
 始めました。全然違ってましたけどね。

 毎年行われる夏の数日間のキャンプ。
 ウッドハウス。
 親戚でも旧友でもない家族たち。
 子どもはそれぞれひとりっ子。
 ある年からぷっつり。
 連絡もとりあわなくなる親たち子どもたち。

 家族が何によって繋がっていたのか、なぜキャンプが行われ、
 また行われなくなったのか、はバラしたらつまらないので書き
 ません。読んでね(笑)。

 キャンプの謎が解けて、解かれたことで生まれる混乱と、混乱
 のもとに再び集まる子どもたちと。
 たちの悪い絡まり方をした糸のようにこんがらがった物語が、
 終盤にむけて徐々にほどけていく、その収束っぷりの見事さ、
 鮮やかさに感嘆しました。
 
 概して女性作家はここに、つまりどう終わらせるかということに、
 秀でている作家が多いと思う。反して男性作家の書くものは、
 終わりが呆気ない、ことが多い。これは小説に限らず、音楽に
 も同じことを感じることがあるんだけども…
 これの理由についてだが、「男女の性(セックス)」の在り方と
 関係しているのでは、というのが私の仮説。
 話がそれましたな。

 とにかく、ある共通項によって結ばれていた、かつて子ども
 だった男女は、それぞれの決断をし、それぞれが選択した
 一歩を踏み出してゆく。
 その先に開かれていたのは…

 ある理解、生まれることの、生きているということについての。
 それは生命に対するまばゆいほどの肯定感と、手放しの祝福
 にあふれた答えだった。

 正直、こういう終り方を想像していなかった。
 きっと後味の悪い結末を迎えると思っていた。
 第4章後半からエピローグまでの流れは、涙、涙。
 小説を読んで久々にこんな泣いたかも。
 きれいごとすぎる部分はあるかもしれない。
 だけど、言葉が、情景が、胸に突き刺さった。

 そして、ここに繋がる。
 この言葉が指し示す先へ。
 
 「きみが触るもの、味わうもの、ぜんぶ人と違う。」
 「きみがいなければ、きみの見る世界はなかった。」

 タイミングなのだと思う。
 一年前、二年前に読んでも、この本はそこまで響かなかった。 

 生まれるということ、生きるということ。
 それについて「なぜ」という問いをずっと発してきたけれど。
 「〜だからだ」「〜のためなのだ」というような種類の答えはどこに
 も用意されてはいないようだ、というのがここ最近、ここ一年二年、
 の間に触れそうな近さまでたぐりよせた、言葉の上での理解という
 ものではない、何となくの実感です。

 意味、というのはきっとない。
 それは何となくわかっていたけど、無意味と思うのは寂しかった。
 豆をざるにあけたときに、ふちに当たって飛び出してみたり、下に
 落っこちてどこかに行方不明になってみたり、するように、人間も
 この豆のように偶然だけに弄ばれる無意味な存在なのだと、思う
 と虚しかった。
 
 だけど無意味の意味について。
 そこを知りたいと思ったら急に視界が開けた。

 私たちは「在る」ということで、世界を創り、空間を開き、そして常に
 何かとぶつかり、ぶつかりあった所に新たな世界を創りだしている。
 生まれたことで世界が生まれた。
 生きていることで世界を創り続けている。
 見て、触って、味わって、感じることで。

 私たちが今在ることで創りだしている世界は大きく果てなく広がり、
 刻々と変化していて「意味」というものさしをあてがうのは地上から
 星の高さを手で測ろうとするようなものだと思う。
 
 意味を問うより、今あるものを受け止めて感じていく。
 そして存在し続ける。
 それくらい意味があることなんて他にないのではないか。
 だってここは他の誰でもない、私がいることで存在している世界だから。
 私を通して、私だけのやり方で、世界と繋がる。
 繋がって感じたことを伝えたければ伝える、表現する。分かち合う。
 そうすることでぶつかり、世界が出会い、新しく生まれる。

 在ること。
 出会うこと。
 感じること。
 それが「生きる」ということなのだと思う。
| | 23:03 | comments(2) | trackbacks(1) | pookmark |
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| - | 23:03 | - | - | pookmark |
コメント
こんにちは。同じ本の感想記事を
トラックバックさせていただきました。
この記事にトラックバックいただけたらうれしいです。
お気軽にどうぞ。
| 藍色 | 2013/07/19 4:04 PM |
☆藍色さん

トラックバックありがとうございます。
| 夏生 | 2013/07/19 9:03 PM |
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